【ポンコツのたわごと #12】妻は旅行に口を出さない。

ポンコツのたわごと

家族旅行の話をすると、たまに驚かれることがある。

奥さん、何も言わないんですか、と。

言ってこない。行き先を決めるときも、日程を組むときも、ホテルを選ぶときも、妻が意見を挟んでくることはほとんどない。私が決めて、私が予約して、私が当日の動きを組む。

理想的な家庭のように聞こえるかもしれないが、そんなわけがない。

ここには仕掛けがある。

そもそも私は、「行く?」と聞かない

まず前提として、海外に行きたいという熱量が、私と妻とでは違う。

圧倒的に、私のほうが高いのだ。

妻も、旅行は好きである。行けば楽しんでいるし、現地では積極的に動いている。ただ、自分から「どこかに行こう」と切り出してくることは、あまりない。

そういう相手に「今年、海外行く?」と聞いたら、どうなるか。

「去年も行ったじゃん」

これが返ってくる。行きたいとも、行きたくないとも言っていない。

そして少し経ってから、「けど、こういう国はいいよね」と続いたりする。全否定というわけでもない。

つまり、**答えが出ない。**肯定でも否定でもない場所で、話が止まる。そこから先に進めるには、結局こちらが決めるしかない。

1〜2か月前から、地ならしが始まる

とはいえ、何も言わずにチケットを取ることはしない。さすがにそれは事故になる。

やっているのは、事前の地ならしである。

航空券を押さえる1〜2か月前から、会話に少しずつ混ぜていく。

「こういうところ、行ってみたいよね」

行き先は、はっきり言わない。話題として出すだけである。反応を見て、悪くなさそうなら次に進む。

「9月あたり、まとまった休み取れそう?」

これは日程の確認だが、旅行の話としては切り出していない。単なる予定の確認である。

「その時期って、忙しいんだっけ?」

こうして少しずつ、外堀を埋めていく。

**一度も「行こうか?」とは聞いていない。**聞いていないのだから、断られようがない。

これは、仕事でやっていることと同じである

書いていて気づいたが、これは新しい技術ではない。

私は仕事で、ずっとこれをやっている。

何かを通したいとき、いきなり会議に出すことはしない。その前に、関係しそうな人に一人ずつ話をしておく。こういう案があるんですよ、と。意見を聞く形を取りながら、実際には反対が出ない状態を作っている。

そして根回しが済んでから、正式に提案する。会議では、もう結論が出ている。

同じことを、家でやっている。

職場で何十年とやってきた作法が、家庭に流れ込んでいる。切り替えているつもりは一切ない。染みついているのだろう。

「そういえば、取ったよ」

地ならしが済めば、あとは実行するだけである。

航空券を押さえ、ホテルを押さえ、動線を組む。ここまでは全部一人でやる。

そして、ある日の食事時に唐突に言う。

「そういえば、取ったよ」

返ってくるのは、こうである。

「えぇ、取っちゃったのー」

驚きはする。ただ、怒りはしない。そして、どこに、いつ、いくらで、という質問も、ほとんど来ない。

このやり取りが、我が家の意思決定のすべてである。

彼女が動き出すのは、出発の2週間前からだ

ただし、ここで終わらない。

チケットを取った直後は、特に何も起きない。しばらくは、日常が続く。

動き出すのは、出発の2週間前あたりからである。

そこからが、すごい。あの店に行きたい、この土産を買いたい、ここは見ておきたい。自分で調べて、リストにして、こちらに投げてくる。2週間で集めてくる情報量は、正直なところ膨大だ。

私が数か月かけて組んだ旅程に、出発直前になって要望が乗ってくる。

つまり、旅行に興味がないのではない。

参加していないのは「行くかどうか」の段階だけである。決まった後の熱量は、私と変わらないか、場合によっては上回っている。

役割が分かれているだけだ。私が決めて、彼女が楽しむ。

子どもには、根回しをしない

妻にはこれだけ手間をかけているが、子どもたちは別である。

一切の根回しをしない。

「来週から、ここに行くよ。2週間くらい学校休みね」

以上である。相談も打診もない。

学校を休ませることに、私は抵抗がない。この言い方は極端に聞こえるかもしれないが、正直なところ2週間くらい休んだところで、どうにかなると思っている。教室で受け取れるものと、知らない国で受け取れるものは、種類が違う。

そして子どもたちは、当然喜ぶ。反対する理由がない。

親族旅行では、わざと情報を出さない

もう一つ、自覚している癖がある。

サプライズを残したがる。

親族で旅行に行くときも、国と都市は当然伝える。だが、**どこに泊まるか、何をするか、どこへ行くかは、直前まで言わない。**旅のしおりのようなものは、極力配らない。

理由は単純で、そのほうが楽しいだろうと思っているからだ。何が起きるか分からないまま当日を迎えて、着いてから驚いてほしい。

ただ、これには弊害がある。

参加する側が、事前準備をできない。

後になって「本当はあそこに行きたかった」と言われることがある。言ってくれれば組み込めたのに、こちらが情報を出していないから、言う機会自体がなかった。

自分の趣味のために、他人の希望を潰している。

だから最近は、その分だけ先に聞くようにしている。この国に行くんだけど、行きたいところある?食べたいものある?と。実際に組み込むかどうかは別として、聞くだけは聞く。

聞いておけば、少なくとも知らなかったことにはならない。

ある日、LINEにURLが送られてきた

ここまで自分の手口を書いてきたが、最近になって気づいたことがある。

妻から、夜、隣にいるのに、LINEが来る時がある。

文字は何もない。国内のテーマパークや、子どもが遊べる施設のURLが、一本だけ貼ってある。説明もなければ、行きたいとも書いていない。ただ、リンクだけが送られてくる。

長いこと、これを情報共有だと思っていた。

違う。

あれは根回しである。

行き先を言わず、要望も出さず、情報だけを置いていく。そして相手の気が向くのを待つ。私が1〜2か月かけてやっていることを、彼女はURL一本でやっている。

手口が、完全に同じだった。

どちらが読まれているのか

こうして並べてみると、あまり誇れる話ではない。

職場で覚えた交渉術を、妻に対して使っている。しかも無自覚に、何年も。人に話せば、いい夫ですねとは言われないだろう。

——いや、待てよ。

彼女が「こういうところ、行ってみたいよね」の意味を、いまだに理解していない可能性は、さすがに低い。もう何年も同じ手を見ているのだ。それでも毎回「えぇ、取っちゃったのー」で済ませているのは、通してやっているだけなのかもしれない。

だとすれば、読まれているのは私のほうである。

次の旅行も、私はたぶん1か月前から地ならしを始める。

そして彼女は、そろそろ始まったな、と思いながら聞いているのだろう。

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