家族旅行の話をすると、たまに驚かれることがある。
奥さん、何も言わないんですか、と。
言ってこない。行き先を決めるときも、日程を組むときも、ホテルを選ぶときも、妻が意見を挟んでくることはほとんどない。私が決めて、私が予約して、私が当日の動きを組む。
理想的な家庭のように聞こえるかもしれないが、そんなわけがない。
ここには仕掛けがある。
そもそも私は、「行く?」と聞かない
まず前提として、海外に行きたいという熱量が、私と妻とでは違う。
圧倒的に、私のほうが高いのだ。
妻も、旅行は好きである。行けば楽しんでいるし、現地では積極的に動いている。ただ、自分から「どこかに行こう」と切り出してくることは、あまりない。
そういう相手に「今年、海外行く?」と聞いたら、どうなるか。
「去年も行ったじゃん」
これが返ってくる。行きたいとも、行きたくないとも言っていない。
そして少し経ってから、「けど、こういう国はいいよね」と続いたりする。全否定というわけでもない。
つまり、**答えが出ない。**肯定でも否定でもない場所で、話が止まる。そこから先に進めるには、結局こちらが決めるしかない。
1〜2か月前から、地ならしが始まる
とはいえ、何も言わずにチケットを取ることはしない。さすがにそれは事故になる。
やっているのは、事前の地ならしである。
航空券を押さえる1〜2か月前から、会話に少しずつ混ぜていく。
「こういうところ、行ってみたいよね」
行き先は、はっきり言わない。話題として出すだけである。反応を見て、悪くなさそうなら次に進む。
「9月あたり、まとまった休み取れそう?」
これは日程の確認だが、旅行の話としては切り出していない。単なる予定の確認である。
「その時期って、忙しいんだっけ?」
こうして少しずつ、外堀を埋めていく。
**一度も「行こうか?」とは聞いていない。**聞いていないのだから、断られようがない。
これは、仕事でやっていることと同じである
書いていて気づいたが、これは新しい技術ではない。
私は仕事で、ずっとこれをやっている。
何かを通したいとき、いきなり会議に出すことはしない。その前に、関係しそうな人に一人ずつ話をしておく。こういう案があるんですよ、と。意見を聞く形を取りながら、実際には反対が出ない状態を作っている。
そして根回しが済んでから、正式に提案する。会議では、もう結論が出ている。
同じことを、家でやっている。
職場で何十年とやってきた作法が、家庭に流れ込んでいる。切り替えているつもりは一切ない。染みついているのだろう。
「そういえば、取ったよ」
地ならしが済めば、あとは実行するだけである。
航空券を押さえ、ホテルを押さえ、動線を組む。ここまでは全部一人でやる。
そして、ある日の食事時に唐突に言う。

「そういえば、取ったよ」
返ってくるのは、こうである。
「えぇ、取っちゃったのー」
驚きはする。ただ、怒りはしない。そして、どこに、いつ、いくらで、という質問も、ほとんど来ない。
このやり取りが、我が家の意思決定のすべてである。
彼女が動き出すのは、出発の2週間前からだ
ただし、ここで終わらない。
チケットを取った直後は、特に何も起きない。しばらくは、日常が続く。
動き出すのは、出発の2週間前あたりからである。
そこからが、すごい。あの店に行きたい、この土産を買いたい、ここは見ておきたい。自分で調べて、リストにして、こちらに投げてくる。2週間で集めてくる情報量は、正直なところ膨大だ。
私が数か月かけて組んだ旅程に、出発直前になって要望が乗ってくる。
つまり、旅行に興味がないのではない。
参加していないのは「行くかどうか」の段階だけである。決まった後の熱量は、私と変わらないか、場合によっては上回っている。
役割が分かれているだけだ。私が決めて、彼女が楽しむ。

子どもには、根回しをしない
妻にはこれだけ手間をかけているが、子どもたちは別である。
一切の根回しをしない。
「来週から、ここに行くよ。2週間くらい学校休みね」
以上である。相談も打診もない。
学校を休ませることに、私は抵抗がない。この言い方は極端に聞こえるかもしれないが、正直なところ2週間くらい休んだところで、どうにかなると思っている。教室で受け取れるものと、知らない国で受け取れるものは、種類が違う。
そして子どもたちは、当然喜ぶ。反対する理由がない。
親族旅行では、わざと情報を出さない
もう一つ、自覚している癖がある。
サプライズを残したがる。
親族で旅行に行くときも、国と都市は当然伝える。だが、**どこに泊まるか、何をするか、どこへ行くかは、直前まで言わない。**旅のしおりのようなものは、極力配らない。
理由は単純で、そのほうが楽しいだろうと思っているからだ。何が起きるか分からないまま当日を迎えて、着いてから驚いてほしい。
ただ、これには弊害がある。
参加する側が、事前準備をできない。
後になって「本当はあそこに行きたかった」と言われることがある。言ってくれれば組み込めたのに、こちらが情報を出していないから、言う機会自体がなかった。
自分の趣味のために、他人の希望を潰している。
だから最近は、その分だけ先に聞くようにしている。この国に行くんだけど、行きたいところある?食べたいものある?と。実際に組み込むかどうかは別として、聞くだけは聞く。
聞いておけば、少なくとも知らなかったことにはならない。
ある日、LINEにURLが送られてきた
ここまで自分の手口を書いてきたが、最近になって気づいたことがある。
妻から、夜、隣にいるのに、LINEが来る時がある。
文字は何もない。国内のテーマパークや、子どもが遊べる施設のURLが、一本だけ貼ってある。説明もなければ、行きたいとも書いていない。ただ、リンクだけが送られてくる。
長いこと、これを情報共有だと思っていた。
違う。
あれは根回しである。
行き先を言わず、要望も出さず、情報だけを置いていく。そして相手の気が向くのを待つ。私が1〜2か月かけてやっていることを、彼女はURL一本でやっている。
手口が、完全に同じだった。
どちらが読まれているのか
こうして並べてみると、あまり誇れる話ではない。
職場で覚えた交渉術を、妻に対して使っている。しかも無自覚に、何年も。人に話せば、いい夫ですねとは言われないだろう。
——いや、待てよ。
彼女が「こういうところ、行ってみたいよね」の意味を、いまだに理解していない可能性は、さすがに低い。もう何年も同じ手を見ているのだ。それでも毎回「えぇ、取っちゃったのー」で済ませているのは、通してやっているだけなのかもしれない。
だとすれば、読まれているのは私のほうである。
次の旅行も、私はたぶん1か月前から地ならしを始める。
そして彼女は、そろそろ始まったな、と思いながら聞いているのだろう。

