私は、いくつかの会社の仕事に同時に関わっている。
数えると4社になる。自分でやっているもの、外から関わっているもの、種類はばらばらだが、どれも動いている。つまり、連絡が来る先が4つあるということである。
そして家族旅行にも、普通に行く。
この2つがどう同居しているのかという話を、今日は書く。
4社のうち、1社にしか言っていない
まず前提から。
旅行に行くことを事前に伝えているのは、4社のうち1社だけである。
残りの3社には、言わないことが多い。隠しているわけではない。言う必要を感じていないだけだ。連絡は電話、LINE、メール、チャットで来るので、こちらがどこにいるかは、向こうから見て特に問題にならない。
だから普段どおり連絡が来る。日本にいるのと同じ頻度で、同じ調子で来る。
ただ、それで困ったことはあまりない。
**そもそも重大な連絡が来ないように、仕組みのほうを組んであるからだ。**判断が要るものと要らないものを分けて、要らないほうは私を通らずに流れるようにしてある。だから旅先に届くのは、チャットに一言返す、LINEに一言返す、その程度のものが大半になる。
設計としては、うまくいっているほうだと思う。
通知は、ポケットではなく手首に来る
処理のタイミングは決めていない。
朝まとめて見るとか、夜だけ開くとか、そういうルールは作っていない。**気づいたら、見る。**それだけである。
かといって、携帯を握りしめて歩いているわけでもない。旅行中の携帯は、基本的にポケットの中だ。
問題は、そこにしまっても意味がないことである。
私の携帯は、スマートウォッチと連動している。
連絡が来れば、手首が震える。ポケットの奥に押し込んでも、鞄の底に沈めても、震える。腕時計というのは、外さない限り体から離れない道具である。つまり通知から逃げるには、時計を外すしかない。
外していない。当然である。自分で買って、自分で連動させたのだから。
便利なものとして売られているし、実際に便利だ。ただその便利さの正体は、どこにいても届くようにしたことである。
喫煙所が、旅先の執務室になる
では実際、どこで処理しているのか。
これははっきりしている。喫煙所である。
海外のどこであっても、喫煙所というのは大抵、隅にある。空港の端、ホテルの外、商業施設の裏手。人通りから外れていて、たいてい誰もいないか、いても互いに無関心である。
だからそこで開く。メールを上から下まで見て、いらないものを消し、返せそうなものはその場で返す。
うまくいけば、1本で終わる。
終わらないこともある。
内容が重ければ、読み返す。返信の文面を考える。考えているうちに1本目が短くなって、2本目に火をつける。それでも決まらなければ、3本目になる。
**灰皿を見れば、その連絡の重さが分かる。**時計を見る必要がない。
「旅行中なので後にします」が言えない
こう書くと、なぜ断らないのかと思われるかもしれない。
答えは単純で、自分の仕事だからである。
旅行中だから何なんだ、という感覚が、正直なところ私にはある。休みだから対応しない、という選択肢が、そもそも私の側には用意されていない。
それに、振れるものはもう振ってある。他の人間に任せられる作業は、とっくに任せた。
それでも私のところに来るものは、私にしか判断できないものである。
振れないから来る。来るから対応する。順番としては、それだけのことだ。断る断らない以前に、断ったところで誰も代わりにやらない。
来ないなら来ないで、落ち着かない
ここまでは、忙しい人間の愚痴に見えるかもしれない。
そうではない証拠を、正直に書いておく。
連絡が来ないと、来ないで気になるのだ。
旅行中に丸一日、何の通知もない日がある。手首が一度も震えない。そういう日、私はほっとしない。
——ちゃんとやってるのかな。
こう思う。
静かなのは、うまく回っている証拠かもしれない。あるいは、誰かが何かを止めているのかもしれない。判断がつかないから、落ち着かない。
つまり私は、**連絡から解放されたいわけではなかった。**来てほしくないのではなく、ちょうどいい量とタイミングで来てほしいだけである。
自分で書いていて、わがままだと思う。
萎えるのは、夕方の連絡である
そのタイミングの話をする。
朝に来るのは、いい。昼もまだいい。問題は夕方である。
一日の観光が終わって、そろそろ夕食という時間帯。子どもたちは歩き疲れていて、妻は今日の写真を見返していて、こちらも今日は良かったな、という気分になっている。
そこで、手首が震える。
開くと、トラブルの連絡である。
なんで今なんだ。
これが正直な感想だ。同じ内容でも、朝に来ていれば違った。移動中に来ていれば違った。よりによって、一日が閉じる直前に届く。
そのトラブルは、昼に起きている
そして、これには続きがある。
夕方に届いた連絡の中身をよく読むと、その問題が発生したのは昼である。
夕方ではない。何時間も前だ。
その間、現場の人間は自分たちで何とかしようとしていた。手を尽くして、それでも決着がつかなくて、時間だけが過ぎて、夕方になって、こちらに上げてきた。

最初の時点で言ってくれ、と思う。
ただし、トラブル自体は嫌いではない
ここまで読むと、仕事の連絡に迷惑している男の話に見えるかもしれない。
そこは正直に書いておく。私は、トラブルが嫌いではない。
語弊があるのは分かっている。起きないに越したことはない。ただ、起きてしまったものを解いていく作業そのものは、私にとって苦痛ではない。むしろ手応えがある。
問題解決能力が高い、と言われることがある。そこは自分でも、それなりに自負している。
だから仕事に対しては、トラブルごと楽しんでいるところがある。報告が上がってきた時点で、もう頭は解くほうを向いている。
そうなると、話がだいぶおかしくなってくる。
変わっているのは、場所だけである
整理すると、こうである。
連絡が来ないと、落ち着かない。 連絡が来ると、萎える。 ただしトラブルは、嫌いではない。
文句をつけている対象が、限りなく小さい。
仕事が来たことに怒っているのではない。難しい問題であることに困っているのでもない。解くこと自体は、むしろやりたい。
私が気に入らないのは、それが夕食の前に届いたという一点だけである。
つまり私は、夕食の前に呼ばれたくないだけの40歳ということになる。
次の旅行でも、私は喫煙所でメールを開くのだろう。そして夕食前に手首が震えるたび、また同じことを思うのだろう。
なんで今なんだ、と。

