【ポンコツのたわごと #4】着陸直後、ベルトサインが消えた瞬間に立つ人たち

ベルトサインが消えた瞬間に立つ人たち ポンコツのたわごと

着陸して、機体がタキシングを始めた頃には、まだベルト着用サインは点いたままだ。それなのに、サインが消えた「ポン」という音が鳴った瞬間、機内は一斉にシートベルトを外すカチカチという音で満たされる。プールの飛び込みのスタート合図のような、あの独特の一体感である。

私は、立たない

一方、私はというと、この一斉起立にはまったく参加しない。ベルトサインが消えても、しばらくは座ったままだ。子連れのときは特に顕著で、むしろいつもより長く座って待っている。

そもそも、ドアがいつ開くかなんて、乗客の側から予測のしようがない。地上係員の段取りが悪ければ、突っ立ったまま15分近く待たされることだってある。座っていれば疲れない時間を、わざわざ自分から手放す理由がない。

荷物棚は、私が「そろそろ荷物を出そうかな」と考え始める頃には、もう他の誰かの手によって全開になっている。自分で開ける必要すらないことが多い。だから私が実際に動き出すのは、もっと後だ。目安にしているのは、自分の席から3〜4人前あたりの乗客が動き始めたタイミングである。そこでようやく腰を上げる。

通路に出て、後ろをブロックする

ここからが、我が家のちょっとした戦術になる。立ち上がったら、まず自分が通路に出る。そしてそのまま、後ろから来ようとする人たちの流れを体一つで塞ぐ。渋滞を作る側に回るのだ。

その隙に、奥の席に座っていた子どもたちを先に通路へ出し、前へ歩かせる。つまり私は、家族を先に通すための人間バリケードとして機能している。降機の順番というのは早い者勝ちのようでいて、実際には通路を制した者が家族を優先的に通せる、という地味な力学がある。

この行動、褒められたものではない気もする

正直に書いていて思うのだが、これは要するに、通路を制した者が自分の家族を優先的に通せる、という単純な力学を利用しているだけの話である。後ろに並ぶ見ず知らずの乗客に申し訳なさは特にない。自分の子どもを先に、当たり前だ。

ただ、この動きが誰に教わったわけでもなく、いつの間にか体に染みついていたという点だけは、我ながら少し面白い。狭い通路と限られた時間が絡んだ瞬間、人間はこんなにも迷いなく最適な立ち回りを選べるようになるものかと、降機のたびに自分の抜け目なさに感心している。

それでも、あの一斉解除の合図は理解できない

とはいえ、あの一斉に鳴り響くカチカチという音の意味は、正直まだ理解できていない。特に中国路線でこの傾向が強い気がしている。

理解できないのは、急いで棚を開けて荷物を取ったところで、その時点ではもう同じように急いだ人間が大勢いて、通路はすでにぱんぱんに埋まっているという点だ。結局誰も動けない。立ったはいいものの、身動きが取れないまま長時間そこに突っ立っていることになる。窓側や真ん中の席に座っていた人まで通路側に出てきてしまい、座りたくても戻れない状態のまま、ただただ時間だけが過ぎていく。

急いだところで早く降りられるわけでもないのに、あの一斉のカチカチという音だけは、毎回律儀に鳴る。もしかしたら、実際に早く降りられるかどうかより、「自分は準備ができている」という空気を機内に示したいだけなのかもしれない。だとすれば、それはそれで人間らしい、ちょっと切ない習性だとも思う。

私はといえば、今日も3〜4人前が動き出すのを座ったまま待ち、通路に出た瞬間だけ主役になる。そういうポジション取りが、一番性に合っている。

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