あまり人に教えたくない話を書く。
教えたくないなら書かなければいいのだが、書く。40代のおじさんには、知っていることを黙っていられないという持病がある。
座席指定で、みんな終わっている
ANAで出張の航空券を買うと、エコノミーでも座席指定ができる。窓側、通路側、真ん中。アジア便の機体は、2席・3席・2席の並びが多い。JALにはあまり乗らないので、そちらの事情は分からない。
私はここで、真ん中3席の通路側を選ぶ。身長188cmの人間にとって、通路側は足を少しでも逃がせる唯一の場所である。
そして、ほとんどの人はここで終わる。席を選び、当日その席に座る。それで何の問題もない。
私は終わらない。ここで選んだ席は、ただの仮置きである。
24時間前、画面の景色が変わる
フライトの24時間前から、オンラインチェックインができる。必要事項をウェブで入力すると、搭乗用のQRコードが出る。
このタイミングで座席指定の画面をもう一度開くと、景色が変わっている。プレミアムエコノミーのうち、誰も買っていない席が、選択可能な席として表示されるのだ。
買った人がいる席は選べない。空いている席だけが、エコノミーの航空券のまま選べるようになる。早い者勝ちである。
変わるのは席だけだ。機内食もアメニティも、エコノミーのものが配られる。
それでも、座った瞬間に分かる。腰を下ろすと、クッションが一段沈んでふわりと受け止める。エコノミーの、板に布を張ったような硬さがない。肘を置いても、隣の人の肘とぶつからない。背もたれは、後ろの人に気を遣うまでもなく深く倒れる。足元にはフットレストがあり、188cmの脚がようやく伸びる。
同じ機体の、数列前に進んだだけである。それなのに、世界が違う。
だから私は、出発の24時間5分前にはパソコンの前に座っている。会議があろうが関係ない。こちらを優先する。
日本の会議の大半は、5分抜けても結論が変わらない。変わるような会議なら、そもそも5分で終わっている。膝のほうが、会議より替えがきかない。
プレミアムエコノミーを積んだ機体で、24時間前にチェックインして座れなかったことは、記憶にない。
最初は、ただの偶然だった
この方法を、誰かに教わったわけではない。
ある出張で、好きな席が埋まっていた。仕方なく別の席を押さえたまま、出発の前日になった。ちょうど24時間前くらいに、ANAからチェックインの通知が届いた。そういえば席を変えようか、と何気なく開いた画面で、プレミアムエコノミーが空いていた。
あ、これ開くんだ。
それが最初である。偶然見つけたものは、2回目から儀式になる。今では通知を待たず、こちらから5分前に待ち構えている。
羽田から香港、家族4人で
家族旅行でもやる。
先日、羽田から香港へ向かう便で、4人分まとめて移した。4席とも取れた。
妻と子どもたちには、事前に「いい席だよ」とだけ伝えてあった。家族の反応は、「画面が大きい」くらいだった。
足元の広さでも、座席の幅でもない。モニターである。数万円分の差額を、家族は画面のインチ数で受け取った。188cmの膝の事情は、家族の誰にも伝わっていない。
【写真①: プレミアムエコノミーの座席と、前の席との間の足元の余裕(家族が写らない角度で)】
隣の人のことは、考えない
プレミアムエコノミーを正規に買うと、エコノミーとは数万円違う。私の隣には、その数万円を払った人が座っているかもしれない。
正直に書くと、そのことを考えたことはない。
知っている人は知っている。知らない人のほうが、たぶん多い。知らない人は正しく料金を払い、正しく指定した席に座る。**世の中は、そういう真面目な人たちで回っている。**私はその隙間に、5分前から座っている。
書いてしまった
ここまで書いて、気づく。この記事を読んだ人は、24時間5分前にパソコンの前に座るようになる。ライバルが増える。
自分で自分の首を絞めている。
ただ、路線はたぶん違う。読者の全員が、私と同じ日の同じ便に乗るわけではない。だから大丈夫だろう、と思っている。
もし次の出張で、24時間前ちょうどに画面を開いて、プレミアムエコノミーが全部埋まっていたら。そのときは、この記事を書いた自分を恨む。
そして真ん中3席の通路側で、188cmの膝を折りたたんで飛ぶ。

