【深堀 行き先の決め方】行きたい国と、行ける国は違う|独身なら明日にでも行くのだが

深堀シリーズ

南米に行きたい。アフリカでもいい。

ずっと思っている。

体力の問題ではない。40歳、身長188cm、10日間で4カ国を7歳と4歳を連れて回れる程度には動ける。1人で行けと言われれば、明日にでも行ける。

ただ、あそこは気軽に行ける場所ではない。距離があり、金がかかり、日数もいる。だから、行くとしたら人生で一度だと思っている。

一度きりなら、有名なところは全部回りたい。中途半端に3日だけ寄って帰る、という選び方が私にはできない。そうなると日数も予算も一気に跳ね上がる。

つまり、行きたいかどうか以前の問題として、条件が厳しい。

旅行ブログには、行った国の話しか載らない。私もこのブログで、実際に行った旅について書いてきた。だが当然ながら、行かなかった国のほうが圧倒的に多い。そして、落選した国の話は誰も書かない。

だから書く。私が何を見て、どこで線を引いているのか。

冒険ができる年齢ではない、というのは体力の話ではない

先に断っておく。私が言っているのは、リスクのほうだ。

現地で何かに巻き込まれる。事件でも事故でも、あるいは政情の急変でもいい。帰国できなくなる。連絡がつかなくなる。そういう可能性が、ゼロではない国がある。

確率としては、おそらく低い。低いのだが、ゼロではない。

——そして問題は、そこに賭けられる立場に、私がもういないことである。

変わったのは国ではなく、私の立場のほうだ

私が現地で動けなくなったとして、困るのは私ではない。

止まるものが2つある。

1つは金だ。**私が働けなくなれば、家族の生活は普通に止まる。**保険がどうとか、そういう話ではない。日々回っているものが、単純に回らなくなる。

もう1つは、役割のほうだ。父親という立ち位置に、代役はいない。金は誰かが何とかするかもしれないが、こちらはどうにもならない。

どちらか一方なら、まだ理屈がついたかもしれない。両方が乗っていると、言い訳が立たない。

だから私は行かない。国が危ないから行かないのではなく、私が行っていい立場ではないから行かない。

同じ国が、10年前の私にとっては行ける国だった。国は何も変わっていない。変わったのは、私の背後にいる人数のほうである。

一人で決められるというのは、特権である

私は若いころ、何年かを海外で過ごしたことがある。旅行ではなく、住んでいた。

あのころは、自分の判断で自分だけのリスクを取れた。どこへ行こうが、何をしようが、失敗しようが、跳ね返ってくる先は自分しかいなかった。

当時はそれを、当たり前だと思っていた。

**今になって分かるのは、あれが特権だったということである。**誰にも相談せず、誰の生活も巻き込まず、自分の判断だけで動ける。あの状態は、人生のうちのある時期にしか存在しない。

そして、失って初めて分かる類のものだ。持っているうちは、それが特別なものだと気づかない。

だから、今その特権を持っている人には、使ってほしいと思う。

独身で、守るものがまだなくて、体も動く。その状態でしか行けない場所がある。規制がされていない国であれば、私なら喜んで行く。

若いうちに行っておけ、という言い方はしたくない。時間が有限だから急げ、という話ではないからだ。そうではなく、自分だけのリスクを自分だけで背負えるという条件が、いつか消えるという話である。

消えたあとで、あれをやっておけばよかったと思うことになる。私が今、まさにそう思っている。

治安は、有無ではなく内訳で見る

ここからは、実際にどう調べているかを書く。

気になった国ができると、私はまずネットで概要を調べる。そのあと、ショッピングセンターに入っている旅行会社まで行って、パンフレットをもらってくる。

いまどきわざわざ紙をもらいに行くのか、と思われるかもしれない。だが、あれは効率がいい。

おすすめのプランが何泊で、いくらで、どこを回るのか。**その国の標準的な行き方が、一枚で分かる。**ネットで個別に調べていくと、この全体像がなかなか見えてこない。

そして、もう1つある。旅行会社が商品にしていない国は、そもそもパンフレットの棚に存在しない。扱いがないということ自体が、情報になる。

そこからネットとSNSに戻って、細かい情報を集めていく。

一番注意深く見るのは、犯罪の内訳である。

前提として、犯罪がまったくない国など存在しない。日本にもある。だから、**犯罪があるかないかで判断しても意味がない。**見るべきは、どういう犯罪が起きているかの比率のほうだ。

スリ、置き引き、ぼったくり。この手の話が並んでいる国は、検討を続ける。気をつけていれば避けられるし、最悪でも金で済む。

問題は、そこに別の言葉が混ざってくる場合である。

**殺人、強盗、誘拐。**こうしたワードが検索結果に並ぶ都市は、その時点で除外する。軽犯罪の話をしているつもりが、いつの間にか重犯罪の話になっている。そういう場所は、他がどれだけ魅力的でも見送る。

そして、国ではなく都市で見る。同じ国の中でも、街によって性格はまるで違う。私は中国のいくつもの街に足を運んでいるが、あの国を1つの言葉でくくることはできない。沿岸の大都市と地方の街とでは、歩いているときの感覚が全部違う。

国名で切ってしまうと、行ける場所まで一緒に切り落とすことになる。

行けてしまう場所ほど、自分で線を引く必要がある

具体例を挙げる。

ラオスとミャンマーには、行ってみたいと思っていた。どちらも、いずれ足を運ぶ国のリストに入っていた。

だが今、あのあたりは検討の対象から外している。

ミャンマーとタイの国境地帯には、当局の統治が及んでいない地域がある。武装勢力が実効支配し、そこに詐欺の拠点が置かれ、外国人が働かされているという報道が続いている。日本人の被害も出ている。

もっとも、あれは観光客が歩いていて連れ去られる話ではない。仕事の誘いに乗って自分から入っていった人が、抜けられなくなるという構図である。だから、旅行者が直接巻き込まれるとは限らない。

それでも私は外す。**国の力が届いていない場所が国境沿いにあると分かっていて、家族4人でその国に向かう気にはならない。**行きたい国ではあった。だが、行く順番としては後ろに下がった。

もう1つ、興味深い場所がある。

タイ、ミャンマー、ラオスの国境が交わる一帯に、ゴールデントライアングル経済特区という区域がある。かつて麻薬地帯として知られた場所だ。そこに中国資本が99年の租借契約で経済特区を作った。

中国語が飛び交い、人民元が流通し、カジノが建っている。人身売買や詐欺の拠点だとも指摘されていて、2018年にはアメリカがカジノの経営者を制裁対象に加えている。

——面白いのは、ここが普通に行けることだ。

タイ側の船着き場から、メコン川を渡し船で10分ほど。日本人はタイもラオスもビザが要らないので、その気になれば誰でも入れる。タイ側から眺めている限り、表面上は平和な観光地に見えるらしい。

行けてしまう。だから、行かないと自分で決めるしかない。

**危ない場所というのは、必ずしも入れない場所ではない。**入れてしまうからこそ、自分の側に基準がないと足を踏み入れることになる。

私の基準は単純だ。実際にそういう犯罪が起きている場所には近寄らない。その一点だけでなく、周辺ごと外す。

慎重すぎると言われれば、その通りだと思う。ただ、私はもうリスクを取る側の人間ではない。

ついでに書いておくと、アメリカも私の中ではハードルが一段高い国である。理由は銃社会だからだ。除外しているわけではないし、行く可能性は普通にある。ただ、他の国と同じ気軽さでは選べない。

治安の話をすると、途上国の名前ばかりが並びがちだが、私の基準はそういう分け方をしていない。

最後は、ストリートビューで歩く

国が決まり、都市が決まったら、次は最後の工程に入る。

泊まるホテルの周りを、Googleマップのストリートビューで実際に歩く。

これは冗談ではなく、**本当に歩く。**ホテルの入口から出て、右へ行き、左へ行き、通りを何本か進んでみる。

何を見ているかというと、こういうものだ。

コンビニやスーパーが近くにあるか。あるとしたら、歩いて何分か。信号までの距離はどのくらいか。道幅はどうか。街灯はありそうか。店のシャッターが降りたままの区画が続いていないか。人が写り込んでいるとすれば、どういう人が歩いているか。

そして、ここが重要なのだが、この作業は全部の国でやっている。

東南アジアを4カ国回ったときも、シンガポールだけでなく、マレーシアもベトナムもタイも、同じようにホテル周辺を下見している。手を抜いた国はない。

なぜここまでやるのか。理由は簡単で、旅行中に自分が実際に立つのは、その50メートル四方だからである。

国全体の治安が良くても、ホテルの裏通りが真っ暗なら意味がない。逆に、治安の評判がいまひとつの都市でも、滞在するエリアが明るくて人通りがあれば、話は変わってくる。

国のレベル、都市のレベルと絞り込んできて、最後に足元を見る。この順番でやらないと、判断を間違える。

子連れは、基準がまるごと変わる

ここまで書いてきた基準は、家族で行く場合のものである。

私1人なら、話は別だ。

中国には、ほぼ全部を1人で行っている。深夜に知らない街を移動したことも、言葉が通じない場所で何とかしたことも普通にある。1人なら、そのくらいのリスクは取れる。

——同じ国でも、4人になった瞬間に基準が変わる。

判断する対象が、自分1人から4人に増えるからだ。私が大丈夫でも、7歳と4歳が大丈夫とは限らない。何かあったときに、全員を連れて動けるか。子どもを抱えて走れるか。そういう前提が入ってくる。

これは、空港のラウンジに入るかどうかを考えるときと、まったく同じ構造をしている。1人なら迷わず入る場所に、4人だと入らない。カードは同じでも、連れている人数が違えば答えが変わる。

臆病になったわけではない。条件が違うのだから、答えが違って当然である。

距離と時間も、立派なフィルターである

治安の話ばかり続けたが、外している理由がそれだけとは限らない。

単純に、遠いから行けない国がある。

7歳と4歳を連れて、片道24時間の移動をする気にはならない。乗り継ぎを含めれば、丸1日以上を移動だけに使うことになる。着いた時点で全員が消耗していて、そこから観光が始まるとは思えない。

これは治安とも予算とも関係のない、純粋に物理的な制約である。

そして、こちらの制約には期限がある。

子どもが大きくなれば、長時間の移動に耐えられるようになる。今は選択肢に入らない国が、数年後には入ってくる。距離の問題は、待っていれば勝手に解決する。

だから、遠い国を「行かない国」に分類してはいない。今はまだ順番が来ていない、というだけのことだ。

計画はする。ただし、力の入れ方は変える

行き先の話から少しずれるが、選び方に関わることなので書いておく。

複数の国を回る旅では、主役をどこにするかを先に決める。

東南アジアを4カ国回ったときは、シンガポールとベトナムが主役だった。観光地をいくつ回るか、どこに何時間いるか、そこまで細かく組んだのはこの2カ国である。

マレーシアとタイは、そこまで作り込んでいない。

誤解のないように書いておくが、**計画をしなかったわけではない。**ホテル周辺のリサーチも、ストリートビューでの下見も、4カ国とも同じようにやっている。土台の部分は変えていない。

差が出るのは、その上に乗せる量のほうだ。1日をどう埋めるか、どこに何時間いるか。そこまで詰めるのは、結局1つか2つの国になる。

全部を等しく詰め込むと、どこも中途半端になる。行きたい場所が先にあって、そこに日数を寄せる。残った時間で、隣の国に手を出す。

だから、行き先を選ぶときも「その国だけ」では考えない。主役が決まって、その周りに何があるか。単体では選ばない国でも、隣にあるなら寄っていく。

ちなみに、タイはもともと乗り継ぎで通るだけの予定だった。それが台風で行程が変わり、そのまま入国することになった。

そして、南米が難しい理由の1つも、実はここにある。主役を決めても、その周りに手を出そうとした瞬間、移動距離が跳ね上がる。私のやり方と、あの大陸の広さが噛み合わない。

行き先を決めるとき、私が見ている5つ

長々と書いたので、実際にやっていることだけを並べておく。

**1. 旅行会社でパンフレットをもらう。**その国の標準的な日数と予算が一枚で分かる。棚に無い国は、そもそも扱いが無いということでもある。

**2. 犯罪の内訳を見る。**有無ではなく比率だ。スリや置き引きなら検討を続け、殺人・強盗・誘拐が並ぶなら外す。

**3. 国ではなく都市で見る。**同じ国でも街によって性格が違う。国名で切ると、行ける場所まで切り落とす。

**4. ストリートビューでホテルの周りを歩く。**コンビニ、信号、道幅、街灯。実際に立つのは、その50メートル四方である。

**5. 1人のときの基準を、家族に流用しない。**人数が変われば、取れるリスクも変わる。

ここまでやって、残ったものが行き先になる。

面倒な国は、後にとってある

私は今、行ける国の中から選んでいる。安全で、近くて、子どもを連れて行けて、主役を決めやすい国。そこから外れるものは、全部保留にしてある。

だが、保留は除外ではない。

子どもたちが大きくなって、私が守らなくてもよくなるときが来る。そのとき私は、たぶん60歳近い。体力は今より確実に落ちているだろう。

それでも行くと思う。多少のリスクがあったとしても、楽しみのほうが勝つからだ。

そもそも私は、そういう性格をしている。日本国内の旅行には、あまり興味がない。言葉が通じて、看板が読めて、勝手が分かる場所に行っても、旅をしている感じがしない。右も左も分からない場所に降り立つからこそ、旅行の醍醐味がある。

その感覚は、40歳になっても消えていない。60歳になっても消えないだろうと思っている。

だから、安全で、快適で、誰でも行ける国は、今のうちに家族と回っておく。面倒な国は、後にとってある。

行きたい国と、行ける国は違う。

——違っているのは、今だけの話である。

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