海外旅行で一番しんどいのは、飛行機を降りてからホテルに入るまでの時間だと思っている。
出国審査を抜けても、日本はまだ続いている。免税店の店員は日本語で話しかけてくるし、搭乗案内も日本語だ。機内に入れば客室乗務員も日本語で応対してくれるし、備えられている映画にも日本のものが並んでいる。日本出国便というのは、日本の最後の一片を積んで飛んでいるようなものだ。
それが、機体から一歩出た瞬間に切れる。
目に入る文字が読めなくなる。聞こえてくる音から意味が抜ける。そこで初めて、ああ、海外に来たのだ、と分かる。
そして間の悪いことに、その瞬間から手続きが始まる。観光でもなく、移動でもない、ただの事務作業の時間である。それなのに条件は最悪だ。長時間の移動で疲れていて、土地勘はゼロ、言葉も通じない。通信が使えるかどうかも、この時点ではまだ分からない。
そこに子どもが2人いる。
にもかかわらず、この時間について書かれた記事は少ない。持ち物リストは山ほどあるし、観光地の紹介も無数にある。だが、着陸してから宿に落ち着くまでの手順を通しで書いたものは、あまり見かけない。
だから書く。私が毎回やっていることを、順番通りに並べる。
一番大事なのは、焦らないことだ
先に結論を書いておく。
焦らないことである。
拍子抜けするかもしれないが、これに尽きる。
到着した瞬間というのは、テンションが上がっている。異国の空気、見慣れない文字、これから始まる旅への期待。気持ちが浮ついている。
そこにトラブルが1つ重なると、途端にわーっとなる。
通信が繋がらない。荷物が出てこない。列が思ったより長い。子どもが騒ぎ出す。1つ1つは大したことがないのに、重なった瞬間に判断力が落ちる。焦った状態で下す判断は、大抵ろくなことにならない。
だから私は、焦る状況そのものを作らないようにしている。
もっとも、どれだけ準備しても、想定外は起きる。そういうときは、一旦座って、天井を見上げるといい。
その間、何も考えなくていい。5秒も見上げていれば、人間は落ち着くものである。
トラブルへの対処法を覚えるのではなく、トラブルが起きにくい形に持っていく。以下は全部、その話である。

① 着陸前、機内でやっておくこと
まず、スマホのバッテリーを、できるだけ減らさずに着陸する。
私はモバイルバッテリーを海外に持っていかない。だから到着時の残量は、そのまま旅の初動を左右する。地図も、配車アプリも、翻訳も、決済も、ホテルの予約確認も、全部あの1台に入っている。電池残量20%で見知らぬ国に降り立つのは、それだけでリスクだ。
ただし、機内で満タンにするのは無理だと思った方がいい。座席のUSBポートは基本的に1席に1つしかない。家族4人分を同時に充電することはできないし、あの給電は速くもない。
だから、充電するより、減らさない方に頭を使う。
機内モードは、必ずオンにする
これが一番効く。
たまに、機内モードにしないまま飛んでいる人がいる。あれは規則の問題以前に、自分の首を絞めている。
機内モードをオフのままにしておくと、スマホは上空でひたすら電波を探し続けることになる。当然、見つからない。それでも探し続ける。この動作がバッテリーを恐ろしい勢いで食う。
4〜5時間のフライトで、何もしていないのに残量が半分近く減っていた、ということが普通に起きる。使っていないのに減るのだから、たちが悪い。
離陸前に必ずオンにする。着陸して、地上に出るまではそのまま。それだけで、到着時の残量がまるで違う。
機内の暇つぶしは、サブ機でやる
もう1つ、私がやっているのがこれだ。
座席の背面についているスクリーンを使う人もいるが、私はあまり使わない。スマホで漫画を読んだり、事前にダウンロードしておいた動画を観たりして過ごすことが多い。
ただ、当たり前だが、それをやればバッテリーは減る。
だから**サブの携帯でそれをやる。**メインの携帯は、機内では一切使わない。フル充電のまま、着陸まで手をつけない。
到着した瞬間に必要になるのは、メインの1台だけである。そこだけ守っておけば、あとはどうでもいい。
入国に必要な申告を済ませておく
昔は機内で紙の入国カードを書くのが当たり前だったが、今はオンラインで完結する国が増えた。多くの場合、**入国の72時間前から申告できる。**出発前に自宅で済ませてしまえば、機内でペンを探す必要すらない。
渡航先がオンライン申告に対応しているかどうかは、事前に確認しておくといい。
帰りの便を、すぐ出せる状態にしておく
そしてもう1つ。帰りの便の情報を、すぐ開ける場所に置いておく。
これが後で効いてくる。
② 入国審査は、準備さえしていれば何も起きない
正直に言うと、私はこれまで入国審査でトラブルになったことが一度もない。
聞かれることは、大体決まっている。**滞在日数、目的、滞在先のホテル名。**この3つだ。ホテル名は言えるようにしておく必要があるので、予約確認の画面をすぐ開けるようにしておくといい。
ただ、シンガポールでは違った。
帰りの便の日時と行き先、そして便名まで聞かれた。
観光目的で入国する以上、ちゃんと出ていくのか、というのは向こうにとって当然の関心事なのだろう。単なる滞在日数の申告ではなく、具体的な便で裏を取ろうとしてくる。
私はその場でANAのアプリを開いて、帰国便の画面を見せた。
面白かったのは、向こうがろくに確認しなかったことだ。画面を一瞥して、分かった、OK、で終わり。内容を精査した様子はまったくなかった。
つまり審査官が見ていたのは、便名そのものではない。聞かれてすぐに出せる状態かどうかだったのだと思う。慌てて探し始める人と、数秒で画面を出す人とでは、印象がまるで違う。
**見せるという行為自体が、向こうの安心材料になる。**だから機内で準備しておく価値がある。
なお、紙のチケットは必要ない。デジタルで十分である。ただし「デジタルで持っている」と「すぐ出せる」は別物だ。メールの奥深くに埋まっていたら意味がない。
③ カウンターでスマホを出すタイミングを間違えない
ここで1つ、重要なことを書いておく。
審査カウンターで、最初からスマホを出すべきではない。
出すのはパスポートと航空券だけだ。スマホは、滞在先を聞かれるなど、実際に必要になった時点で初めて取り出す。
理由を考えてみてほしい。
「旅行の目的は何ですか」「何泊しますか」——こういう質問に対して、**スマホを見ながら答える旅行客はいない。**自分の旅行なのだから、目的も日数も頭に入っているのが当たり前である。
それを画面で確認しながら答えるというのは、審査官の目にどう映るか。自分の旅程を自分で把握していない人物に見える。あるいは、誰かに指示された内容を読み上げているように見える。
それだけで、疑われるリスクが発生する。
だから順番が大事だ。パスポートと航空券を出して、質問には自分の口で答える。ホテル名など、正確な情報が必要になった時だけスマホを開く。
先ほどのシンガポールで私がANAのアプリを見せたのも、便名を聞かれてからの話である。最初から画面を構えていたわけではない。

④ 国によって、並び方が違う
もう1つ、覚えておくと戸惑わずに済むことがある。
家族全員でまとめて通れるとは限らない。
韓国では、4人で一緒に行こうとしたら止められた。だめだめ、と言われて、2人ずつに分けろという指示だった。私が上の子を、妻が下の子を連れて、別々のブースに並んだ。
ほとんどの国は4人まとめて通してくれるので、これは例外的な方だと思う。ただ、こういう場面で慌てないことが大事だ。分けろと言われたら分ければいいだけの話である。
ちなみに、これは海外に限った話ではない。**日本の出国審査でも、カウンターの担当者によっては2人ずつに分けられることがある。**その国のルールというより、その場の運用の問題なのだろう。
なお、うちの子たちは何とも思っていなかった。慣れているからだろう。親と離れるのを嫌がることもない。
そして待ち時間についてだが、事前に調べて混みそうだと分かっている空港では、**ファストトラックのパスを買ってしまう。**ホーチミンのタンソンニャット空港などがそうだ。並ばずに済むなら、金で解決する。
ここまで一度も長時間並んだ経験がないのは、運がいいからではなく、並ぶ可能性を先に潰しているからである。
⑤ 通信を確保する
入国審査を抜けたら、次は通信だ。
事前にeSIMを入れておけば、大抵の国は着陸した瞬間に繋がっている。ただし、繋がらない国もある。
香港がそうだった。電波は掴んでいて、画面には5Gと出ているのに、何も開けない。原因は実名登録が必要だったからで、私はそれに気づくまで10分ほど無駄にした。
この話は長くなるので別記事に書いた。香港へ行く予定がある人は、出発前に目を通しておいてほしい。
要点だけ言えば、通信が使えなくなった時のために、空港のフリーWi-Fiの繋ぎ方を知っておくべきだ、ということである。調べる手段が1つもないというのが、一番まずい。
⑥ 荷物を受け取る。壊れていたら、その場で言う
ターンテーブルの前は、実は貴重な時間である。
子どもたちが体を動かせる、数少ない時間だからだ。
香港くらいの距離だと4〜5時間、ずっと座りっぱなしになる。降りた頃には、大人でも体が固まっている。子どもならなおさらだ。
ただし、あの場所は意外と危ない。**カートが行き交うし、荷物を抱えた人が急に方向を変える。**だから、人の流れから外れた場所を選んで、そこで少し体をほぐさせるようにしている。走り回らせるわけにはいかない。
荷物が出てくるまでの時間は、どのみち何もできない。待つしかない時間を、移動で固まった体をほぐす時間に充てるというだけの話である。
さて、荷物についてだが、一度だけ壊れていたことがある。
**スーツケースのタイヤが、4つのうち1つ、根元からもげていた。**きれいに割れていたので、放り投げられた時の衝撃だろうと思った。
このときの対応は、記録として書いておく価値がある。
まず、**ターンテーブルの近くをうろうろしているスタッフに、自分から声をかけた。**英語で、壊れていると伝えた。すると、どの便で来たのか、どこの航空会社かと聞かれた。ANAだと答えると、その航空会社の担当スタッフのところへ連れて行ってくれた。
そこから先は驚くほどスムーズだった。事情を説明すると、分かった、処理する、という返事。カウンターへの移動すらなく、その場で完結した。
求められたのは、搭乗券、手荷物タグ、パスポート情報。そして書類に氏名、電話番号、メールアドレスを記入し、破損箇所の写真を撮られた。
金額の決め方が面白かった。
**「いくらのスーツケースですか」と聞かれたので、「1万円ちょっとだったと思う」と答えた。すると、「では、このくらいですね」**で終わった。裏を取る様子はまったくなかった。
提示されたのは日本円で8,000円ほど。納得できる額だったので、そのまま受けた。
もっとも、これが10万円のスーツケースだと言っていたら、話は違ったと思う。現場が現実的な範囲で処理しているだけであって、自己申告が何でも通るという話ではない。
支払い方法は、後日振込か、帰りのチェックイン時に現金で受け取るかの二択だった。現金でいいと答えた。
そして最後にオチがつく。**帰りのチェックインカウンターでは、結局渡してもらえなかった。**受け取れたのは、搭乗口だった。
旅の最初に起きたトラブルが、旅の一番最後まで付いてきたわけである。

⑦ 現金は、ATMで引き出す
両替所は、もう何年も使っていない。
その国の通貨を持っていない場合、**空港のATMで2〜3万円分をキャッシングする。**移動手段が手配済みであっても、これはやっておく。
理由は、現金がゼロという状態が単純に不安だからだ。キャッシュレスが進んだ国でも、屋台や小さな店、チップ、公共交通機関の一部などで現金しか使えない場面は残っている。2〜3万円分あれば、大抵のことは何とかなる。
例外は韓国で、ここは両替する場合もある。ただし空港ではなく市内だ。レートの差が理由である。
そして、ここが重要なのだが、キャッシングできるカードは複数枚持っていく。
海外のATMは、こちらの都合を考えてくれない。日本では問題なく使えるカードが、突然弾かれることがある。機械側の相性なのか、カード会社側の判断なのかは分からない。分からないからこそ、代替を用意しておく。
私の場合、Visa、Mastercard、JCB、American Expressを各1枚ずつ持っている。加えて、Wiseと海外の銀行のカードも持ち歩いている。
念のため書いておくが、**これは真似しなくていい。**自分でも持ちすぎだと思っているし、この構成の人はまずいないだろう。
大事なのは枚数ではなく、ブランドを分散させることだ。VisaとMastercardを1枚ずつ、それだけでも状況はかなり変わる。同じブランドを2枚持っていても、そのブランドが使えない場面では2枚とも意味がない。
⑧ ホテルまでの移動は、国によって変える
ここは一律の正解がない。国ごとに最適解が違う。
東南アジアは配車アプリ一択だと思っている。行き先を文字で指定できるし、料金が事前に確定するし、言葉が要らない。値段の交渉も発生しない。到着直後の疲れた頭で、これ以上ありがたいものはない。
韓国はリムジンバスか電車を使う。空港と市内を結ぶ交通が整備されているので、わざわざ車を呼ぶ必要がない。
香港はエアポートエクスプレスをほぼ毎回使っている。市内まで20分ほどで着いてしまうので、これ以上の選択肢が思いつかない。
なお、香港でタクシーを使う場合は、**スーツケースに追加料金がかかる。**親族での旅行で実際に発生した。荷物1個あたりで加算される形なので、人数が多いと地味に効いてくる。事前に知っていれば驚かずに済む。
車に乗り切るかどうかについては、我が家はあまり問題になったことがない。**大きなスーツケースが2つと、私と妻のリュックが2つ。**4人だから4個、という組み方はしていない。
ただし、子どもが小さくてベビーカーがあった頃は話が別だった。あれが加わると、セダンタイプのタクシーでは厳しい場面が多い。ベビーカーを使う時期の家族は、車種を指定できる配車アプリの方が安全だと思う。
⑨ ついでに、出発前にやっておくといいこと
移動の話が出たので、1つだけ書いておく。
クレジットカードに付帯している海外旅行保険は、条件を確認しておいた方がいい。
多くのカードは「利用付帯」という形になっていて、**持っているだけでは保険が適用されない。**旅行代金や公共交通機関の料金を、そのカードで支払うことが条件になっている場合が大多数である。
裏を返せば、駅までのタクシー代やリムジンバス代をそのカードで払っておくだけで、条件を満たせることが多い。金額の大小は関係ない。
数百円の支払いで数千万円の補償が有効になるかどうかが決まる。確認しないのは、単純にもったいない。
この話は別途詳しく書くつもりなので、ここでは触れるだけにしておく。
結局、焦らないための準備でしかない
ここまで手順を並べてきたが、やっていることは1つしかない。
着陸前に充電を済ませておくのも、帰りの便をすぐ出せるようにしておくのも、混む空港でパスを買っておくのも、カードを分散させておくのも、目的は同じだ。
焦る状況を、あらかじめ消しておく。
到着直後というのは、テンションが上がっている。そこにトラブルが重なると、判断力が落ちる。落ちた状態で下す判断は、大抵ろくなことにならない。
だから、判断を必要とする場面そのものを減らしておく。
私がこれまで入国審査で止められたことも、荷物で立ち往生したことも、子どもが限界を迎えたこともないのは、運がいいからではないと思っている。
起きにくいようにしてあるだけである。
飛行機が地面に着いても、その時点ではまだ日本の続きにいる。機体から一歩出て、読めない文字が目に入った瞬間から、旅は始まる。
着陸は、旅の始まりでしかない。

