出張中、一人で空港ラウンジにいた。朝食は味噌汁とご飯、目玉焼きとサラダという、至って普通の組み合わせだった。食べ終わるかどうかというタイミングで、隣のテーブルに母親と、大学生くらいの娘二人の三人組が合流してきた。
せっかくなので食後にコーヒーでも、と思い、置いてあったカヌレをいくつかつまみながら、ブラックのコーヒーを淹れて席に戻った。座り直したところで、隣のテーブルから賑やかな声が聞こえてくる。三人とも楽しそうに、これから行く韓国旅行の話で盛り上がっていた。明洞で何を買うか、辛い食べ物に挑戦するかどうか、きゃっきゃと声を弾ませながら話している。
父親は、どこにいるのだろう
聞くともなしに聞きながら、ふと思った。父親は、どこにいるのだろう。
娘二人がもう大学生くらいということは、父親も五十代後半から六十近くだろうか。三人ともしっかり食事をしていたので、単に「この場にいないだけ」という可能性は薄そうだった。誘われなかったのか、それとも仕事で来られなかったのか、あるいは誘われたけれど自分から行かないことを選んだのか。真相は分からない。分かるはずもない。
勝手に想像して、勝手に切なくなる
女子三人はそんな父親の不在などまるで気にする様子もなく、変わらず楽しそうに話し続けていた。その空気そのものは、何も悪くない。ただ、その輪の中にいてもおかしくないはずの人が一人欠けている、という事実だけが、こちらの想像力を勝手に刺激してくる。
仕事だから仕方ない、で片付けられる話なのかもしれない。それとも、家族の中でいつの間にか「女子だけで行く旅行」が当たり前になっていて、父親が誘われる選択肢そのものがもう存在しないのかもしれない。どちらだとしても、なんとなく寂しいような、虚しいような気持ちになった。
自分もまた、その場では一人だった
そんなことを考えている自分自身も、その瞬間はラウンジで一人、出張中だった。誰かの家族の輪を眺めながら勝手に切なくなっている自分も、傍から見れば同じくらい寂しい絵面だったのかもしれない。
娘がもし大学生くらいになったとき、母娘だけで旅行に行くことを選ぶ日が来るのだろうか。そのとき自分はどこにいて、何を思うのだろうか。まだ随分先の話のはずなのに、ラウンジの片隅で一人、そんなことをぼんやり考えてしまった。手元のブラックコーヒーは、いつもより少し、苦く感じた。

