家族旅行で狭い座席に押し込められるのが何より苦手な我が家は、これまでLCCという選択肢を意識的に避けてきた。だが今回ばかりはそうも言っていられない。妻の両親、妻の妹家族(子供の年齢も男女構成も、我が家と同じだ)、そして我々家族。総勢10人での韓国・ソウル旅行である。頭数が増えれば増えるほど、航空券の総額はシャレにならない数字になっていく。結果、普段乗らないLCCの世話になることが、旅のファーストステップとなった。
10人で成田へ、車の采配から始まる

10人で成田に行くのも、ちょっとした調整が必要だった。我が家と妹家族は同じ町に住み、妻の両親はそこから少し離れた場所に暮らしている。当日は妹家族の車を両親宅に停めさせてもらい、2台に分乗して成田を目指した。妹とその娘は我々の車へ、妹の旦那と息子は両親の車へ。子供たちを含めた大所帯の移動は、「誰がどの車か」の采配だけで、すでに小さな旅が始まっている。
考えてみれば、車で10分〜20分の範囲に妹家族も両親も暮らしているというのは、地味に恵まれた話だ。気軽に集合できる距離に家族が揃っているというのは、当たり前のようでいて、実はそう多くの人に許された環境ではない。
家を出発し、途中のコンビニで軽くおにぎりなどを調達し、高速へ乗る。空港直前、酒々井のサービスエリアで両親の車と落ち合う約束をしていた。LCCなので機内食が出ないことはわかっていたため、ここで食料を買い足しておこうという算段だったのだが、いざ売店を覗いてみると、これといったものが見当たらない。あてが外れたまま、仕方なくそのまま車を進めることになった。
向かった先は、5日間お世話になる駐車場だ。1日800円程度という価格は、羽田周辺の相場からすれば天と地の差がある。長期間停めっぱなしにする旅行だからこそ、この差は馬鹿にならない。成田空港は、こういう地味なところで家計に優しい。ここからは、駐車場が用意している無料送迎バスで空港まで運んでもらう流れになる。
空港着、飛行機型カレーで幸先を占う
出国審査も保安検査も、特に引っかかることなくすんなりと済んだ。ようやく訪れた、ひとときの休息。搭乗までの空き時間、私はプライオリティパスを使い、まだ寝ぼけ眼の下の娘2人を連れてラウンジへと向かった。
搭乗までの空き時間、娘たちが選んだ朝食は、飛行機の形をした皿に盛られたカレーだった。芸が細かい。ともあれ、この旅の幸先の良さを、勝手に先取りした気分になった。
ちなみに、我が家4人(私・妻・息子・娘)にとって、今回は初めての韓国ではない。数えるのも面倒なほど訪れていて、息子に至っては今回で4回目である。一方、両親と妹家族の6人は全員、人生初の韓国だった。だからこそ今回は、自分たちが楽しむというより、初めての6人にどれだけ楽しんでもらえるかを、心のどこかで意識していたように思う。
187センチ、LCC座席との格闘
搭乗は11時発、ジンエアーの便だった。座席に座る前、私はある程度の覚悟を決めていた。狭いだろう、窮屈だろう、と。なぜなら、私には不利な条件がひとつあるからだ。身長187センチ、この巨体である。世の座席というものは、どうも170センチ前後の人間を基準に設計されているらしい。前の座席の背もたれは私の膝の手前で堂々と存在を主張し、足を組み替える自由すら許されなかった。仁川までのフライトの間、私はひたすら「この体をどう畳んで収めるか」という、旅とは無関係な難題と格闘し続けることになった。「安いには理由がある」ということを、187センチの身体全体で、否応なく再確認させられたフライトだった。

この時点で、正直こう思っていたことを白状しておく。「今回のLCC選択、失敗だったかもしれない」。
リムジンバスに救われて
仁川国際空港に降り立ってからは、事前に購入しておいた「ディスカバリーソウルパス」(48時間券)を使い、リムジンバスでホテルへ向かう。詳しい中身は番外編に譲るとして、まずはこのバスである。
チケットを見せて乗り込み、席に腰を下ろした瞬間、私は思わず声を漏らしそうになった。リクライニングが、深い。足元も、飛行機とは比較にならないほど広い。数時間前まで187センチの図体を持て余していたのが嘘のように、身体がシートへ沈み込んでいく。

気づけば、ホテルまでの記憶がほとんどない。窓の外の景色も、隣の会話も、意識の外だった。爆睡していたのだ。早朝5時起きの疲れと、機内での格闘からの解放が、一気に押し寄せたのだろう。
窮屈な機内で口をついた「今回のLCC選択、失敗だったかもしれない」という言葉は、リムジンバスの座席ひとつで、あっさりと撤回することになった。
完璧な日本語のフロントに、拍子抜け
宿泊先は「ニューソウルホテル」。家族ごとに3部屋を予約しており、大所帯だけあってこの部屋割りだけは事前にきっちり決めておいたおかげで、チェックインは拍子抜けするほどスムーズに進んだ。

いや、スムーズすぎた、というべきかもしれない。
フロントのスタッフは驚くほど流暢な日本語で、「ご宿泊は4泊でよろしかったでしょうか?」と、多少クセのあるイントネーションながら、こちらが聞き取りに苦労する場面など一切なく手続きを終わらせていく。
正直に告白すると、私はこのやり取りが、まったく楽しくなかった。
言葉が通じなければ通じないほど「ああ、海外に来たな」というスリルとアドレナリンを感じるタイプなのだ。もっとも、私自身は英語もそれなりに話せるし、韓国語も多少のビジネス会話くらいなら十分やり取りできる。それでも、異国の言語とどうにか格闘する、あの手探りの過程にこそ旅の醍醐味を感じてしまう性分なのだ。それなのに、目の前のスタッフは完璧な日本語でスイスイと片付けてしまう。スリルを求めている身としては、拍子抜けにも程がある。
荷物を各部屋に運び込み、一同ほっと一息ついた。物足りなさを感じていたのは、たぶん私だけだった。
駆け込んだテジクッパの絶品
少し部屋で休憩を挟み、向かったのはホテルの道路を挟んだ向かいにある、二階建て赤バスのチケットセンターだった。ディスカバリーソウルパスでチケットを発券してもらうと、「次のバスは1時間後の出発です」との案内。想定より早い出発が決まり、これは急いで夕食を済ませねばならない。
駆け込んだのは「光化門(クァンファムン)クッパ」という店だった。時間に追われながらの食事にはなったが、これが思いのほか絶品だった。豚肉を煮込んだクリアなスープが特徴の「テジクッパ」に、小さなエビの塩辛のような調味料を落とす。このひと匙が味に絶妙なアクセントを加え、旅の疲れを一気に忘れさせてくれた。急いでかき込むように食べたにもかかわらず、記憶にしっかり残る一杯だった。


二階建てバスと、ソウルタワーの夜景
食後、乗り込んだのは赤い車体が目を引く二階建てのオープンバスだった。日が落ちたばかりの時間帯、二階の座席から見下ろすソウルの街並みは、昼間とはまるで違う顔をしている。子供たちは初めての二階建てバスにはしゃぎ、両親も妹家族も、初めて見る夜景にそれぞれのペースで見入っていた。

バスはやがてソウルタワーの麓に到着した。ここでは20分ほど停車時間が設けられていて、乗客は思い思いにバスを降り、夜景を眺めたり、写真を撮ったり、お土産屋を覗いたり、トイレに駆け込んだりと、それぞれの時間を過ごせるようになっていた。ライトアップされたタワーを見上げながら、外の冷たい空気を吸い込む。麓からの眺めでも十分すぎるほど美しく、ソウルの夜景が鮮やかに記憶に刻まれた。

ホテルに戻った頃には、全員さすがに疲労の色が見え始めていた。早朝5時起き、機内での格闘、リムジンバスでの爆睡、慣れないチェックイン、そして夜のバス観光。振り返れば、初日から中身の濃すぎる1日だった。
明日はロッテワールドが待っている。子供たちの、いや大人たちの方が張り切っているかもしれない一日を前に、初日の夜は静かに更けていった。
