
前回まで: 完璧な計画書を携えた家族4人、初日のシンガポールでスーツケース置き去り&ATM全滅の洗礼を浴びるも、誕生日ケーキとビブグルマンのバクテーで持ち直す。旅は2カ国目、マレーシアへ。
DAY4: 移動日。「検査、どこでやるの?」
朝はゆっくりホテルの朝食をとり、タクシーでチャンギ空港へ。
カウンターでチェックインを済ませて、さて保安検査……がない。え、どこでやるの? と戸惑いながら進むと、免税店が先に現れる。調べてみると、チャンギは搭乗ゲートの直前で身体検査をする方式だった。日本の「検査を抜けたら免税エリア」に慣れていると、確実に一度は「あれ?」となる。
搭乗までは家族でラウンジへ。軽食のケーキをつまみ、コーヒーを一杯。初日の空港彷徨が嘘のような余裕である。
周遊旅の宿命:「旅をしながら、次の国の入国申請をする」
ちなみにマレーシアの電子入国カードMDACは、シンガポール2日目の夜にホテルで申請済みだった。
余裕があったから前倒しした——わけではない。電子入国カードは大体どの国も「到着3日前」からしか申請できない。 つまり周遊旅では、旅をしながら次の国の入国申請をするのが構造的に確定している。ホテルのWi-Fiと夜の30分は、そのために空けておく必要がある。
このルールが、旅の最終盤でもう一度、今度は牙を剥いて登場することになるのだが——それはまだ先の話。
送迎サービスと、10分タイマーの腹痛
フライトは10分巻きで着陸、入国もスムーズ。クアラルンプール到着。
空港からはTrip.comで手配していた送迎を利用した。後から調べると相場より700円ほど割高(約2,800円のところ約3,500円)だったが、出口でドライバーが待っていて、Grabを呼ぶ手間ゼロで即乗車。子連れには「探さなくていい」こと自体に価値がある。
……のだが、ここでヒヤリが一つ。車の待機時間は10分。そのタイミングで4歳の「お腹痛い」が発動した。空港でトイレを探して駆け回り、ギリギリセーフ。子連れ旅に、消化試合はない。
そしてもう一つの誤算。KLIA、市内から遠い。 車で約1時間かかる。
部屋が、臭い
ホテルはザ・クアラルンプール・ジャーナル。着いたのが早すぎてチェックイン30分前。家族はロビーで待機し、父はその隙に近くの銀行ATMへ——シンガポールで全滅したクレジットカードのキャッシング、リベンジ戦である。
一発で出た。
何度試してもダメだったシンガポールは何だったのか。謎は深まるばかりだが、現金は確保できた。
ところが、部屋に入った瞬間に事件は起きる。

臭い。 芳香剤なのかエアフレッシュナーなのか、頭が痛くなるレベルの匂いが部屋に充満していた。移動日の疲れた身体に、これは無理だ。フロントに部屋替えを申し出る。
交渉は難航した。約1時間。 それでも粘った結果、部屋を変えてもらえた上に、お詫びにと子どもたちへお菓子までもらえた。結果オーライ。子連れでも(子連れだからこそ)、部屋の不満は言っていい。
4日分の服で10日間旅する方法
我が家のパッキング戦略は「服は4日分だけ+現地で洗濯」。スーツケース2個で4人分が成立していたのはこのためだ。
ジャーナルの下にコインランドリーがあることは事前リサーチ済み。部屋替え騒動が落ち着いた直後、まず洗濯を回した。旅の中盤に洗濯ポイントを置くと、荷物は劇的に減る。
アロー通り、滞在時間およそ3秒
気を取り直して、夜は徒歩でアロー通り(Jalan Alor)の屋台街へ。ガイドブック的にはKLナイトの定番である。
臭いし、汚い。食べる気にならない。即撤退。

計画書に書いた「屋台街ディナー」、現地で3秒で却下された。ガイドブックが書かないこともある。子連れだと衛生面のハードルが上がるのもリアルな話だ。
——ちなみに、ここで一つ気付いたことがある。シンガポールで活躍したベビーカーは、この先の3カ国ではホテルでお留守番になる。 ATMに現地通貨を引き出しに行った時に確信に変わったのだが、この国では日本のベビーカーは、到底無理だ。 どうしてもと言うなら、バイクのタイヤぐらい付けないと進めない。
マダム・クワンと、夜のツインタワー前倒し
撤退先はパビリオンKL。モール内の有名店マダム・クワンでマレーシア料理の夕食をとり、奥のスーパーで2カ国目のお土産を大量買い。

一旦ホテルに戻って荷物を置き、洗濯物を回収。……で、終わらないのが我が家である。翌日の天気予報が雨。 ナイトサファリのときと同じ判断で、DAY5に予定していた夜のペトロナスツインタワーをこの夜に前倒しした。

ライトアップされたツインタワーと噴水ショー。移動日+部屋替え交渉1時間の一日の締めくくりとしては、上出来すぎる夜景だった。
DAY5: 4歳、272段を舐めるな
朝食なしプランだったので、道路を挟んで向かいのカヤトースト店へ。計画書の「近くの食堂を探す」がそのまま実現した形だ。
店の前からGrabを拾ってバトゥ洞窟へ。ちなみに計画書には律儀に電車(KTMコミューター)のルートを書いていたのだが、シンガポールでGrabの楽さを知ってしまった我が家に、もう電車の選択肢はなかった。 ……このGrabが猛スピードで、別の意味で命の危険を感じたのだが。
サルと、ハトと、272段
バトゥ洞窟に到着すると、サルだらけ、ハトだらけ。
名物は、洞窟へと続く272段の極彩色の階段である。計画書では「4歳は抱っこ紐 or 階段下で待機」と想定していた。父の緻密なリスク管理である。
4歳、自力で272段を完登。
親の心配を、本人が階段で踏み砕いていった。号泣カウント(ミニオン、恐竜に続く3敗目)を警戒していたが、増えるどころか武勇伝が増えた。
一方、「サルは怖いから近づくな」と言い聞かせていたにもかかわらず、7歳がサルに挑発されるという逆転現象も発生。バトゥ洞窟のサル、強い。

神秘は、体力があるうちにしか感じられない
登り切った先の洞窟は、天井から水がビチビチ落ちていて、荘厳といえば荘厳——なのだが、家族全員、足がパンパンでそれどころではなかった。
ガイドブックの言う「神秘的な洞窟寺院」を感じる余力はなく、そのままトンボ返りで下山。神秘というのは、体力と気力が揃って初めて感じられるものらしい。
チェンドル、この旅のワースト飯
Grabでムルデカ広場(独立広場)へ移動。……特に何もなかったので、写真だけ撮って徒歩でセントラルマーケットへ。
入ってすぐの飲み物屋で一服しようとメニューを見ると、緑色のムニムニしたものが乗ったかき氷があった。好奇心で注文。

あとで調べたらチェンドルという食べ物らしい。かき氷の上にフルーツ、ここまでは100点。ではなぜ、あんなにも我々を戸惑わせたのか。
犯人は3つある。
一つ目、主犯格。**ココナッツミルクに、塩を入れる。**現地の作法らしい。これだ、これがあのしょっぱさの正体だ。 かき氷にしょっぱいココナッツミルクをかけるという発想、日本の脳では処理しきれない。「アイスクリームに醤油かけて甘辛を楽しむ」的な感覚に近いのだろうか。いや、たぶん違う。
二つ目、パームシュガー(黒糖のようなシロップ)。しょっぱさの隣で甘さが主張してくる。**甘い。しょっぱい。甘い。しょっぱい。**脳内で味覚のシーソーが止まらない。
そして三つ目、あの緑のムニムニ。これがチェンドルという名前で、パンダンリーフで着色した米粉のゼリー。噛むとゼリーというより「ちょっと硬いところてん」。かき氷の氷と一緒に口に入ってくると、味覚のシーソーで混乱している脳が、食感の処理まで求められて完全停止する。
現地では国民的スイーツらしい。マレーシアの人、ごめん。私たちは、まだ早かった。
異文化理解には、時に敗北が伴う。この旅のワースト飯、ここに確定。
しれっと向かいの土産屋では妻がマグネットを購入(コレクション2カ国目)。
ベトナム前日に、フォーをフライングする
昼はまたツインタワー(Suria KLCC)へ戻り、フードコートで一足先にフォーを注文。明日から本場だというのに。しかもこれが結構おいしかった。
食後はGrabでホテルへ戻り、プールタイム。**今旅、2回目のプールである。**計画書の「プール利用候補」、ここでも回収である。

タダ飯ポテトと、締めのケバブ
プール後、ホテルのイブニングサービスへ「コーヒーでも」と顔を出したら、想定外にがっつり食える軽食が並んでいた。でかいポテトを数え切れないほどおかわりし、妻は白ワインを何杯も。10分で出るつもりが1時間滞在。夕食、実質無料で完結。
そのまま徒歩圏の現地スーパーでお土産を買い足し、帰りは「もう電車は乗らない」宣言を撤回してモノレールに乗車(乗り物としては楽しい)。最寄りのブキッ・ビンタン駅からホテルへの帰り道、ケバブ屋を発見。テイクアウトして部屋で食べたら——めっちゃうまかった。 チェンドルの敗北は、ケバブが取り返した。

翌朝は6時半出発。計画書に【要注意】マークを付けた、乗り継ぎ1時間50分の綱渡りが待っている。スーツケース2個、ベビーカー1台、子ども2人。果たして間に合うのか。

