
バンコク、ワットポー。
全長46メートルの黄金の涅槃仏を、7歳の息子と4歳の娘が口を開けて見上げている。
本来、我が家はこの国に「入国」する予定すらなかった。バンコクは乗り継ぎ2時間25分だけの通過点。空港でパッタイを食べて帰る——計画書には、そう書いてあった。
そう、私は旅行の計画を立てるのが趣味だ。今回も作り込んだ。日程ごとの移動手段、2カ国分の電子入国カードの申請期限(ベトナムは不要)、雨天時のバックアップ観光地、そして——ホテルのプールに入れそうなタイミングを5パターン。我ながら完璧な計画書。水着は「1回でも入れればいいか」くらいの気持ちで持って行った。(ちなみにこの水着の出番は、最終的に3カ国で回収することになる。)
計画書の一部を載せたいと思う。

シンガポール → クアラルンプール → ホーチミン。家族4人、3カ国9日間の周遊。
では、なぜ我が家は4カ国目のタイにいるのか。
話は10日前、羽田空港に遡る。
旅の基本情報
- メンバー: 父40歳 + 母38歳 + 息子7歳 + 娘4歳
- 予定ルート: シンガポール(3泊)→ クアラルンプール(2泊)→ ホーチミン(3泊)→ 帰国
- 荷物: スーツケース2個 + ベビーカー1台
- 航空券: ANA系マイルで確保(羽田⇔シンガポール⇔ホーチミン⇔バンコク⇔羽田)
DAY1: 完璧な計画は、空港のATMの前で崩れた
朝5時に自宅を出て、羽田からシンガポールへ約7時間のフライト。15時頃、チャンギ空港に降り立った。
ここまでは計画通り。問題はこの直後、しかも連続で起きた。
まず、スーツケースが消えた。
到着後、トイレに寄っている間に、同じ便の乗客の流れが完全に消えていた。近くの空港スタッフに聞くと「あのスカイトレインに乗るんだよ」。言われるがままに乗ったら、ターミナルが変わった。そのまま本来と違う場所で入国してしまい——スーツケース2個とベビーカーは、別ターミナルのターンテーブルに取り残された。
もう一度スカイトレインに乗って、正しいターミナルへ引き返す。ただ、この往復のおかげで、チャンギ空港名物・複合施設「JEWEL」の巨大な滝を見ることができた。計画書には書いていなかった、初日の思わぬボーナスである。
インフォメーションカウンターでパスポートを預け、ターンテーブルまで案内してもらってスーツケースとベビーカーを回収。家族4人の周遊旅、開始30分で早くも空港を彷徨うことになった。
そして次は、クレジットカードで現金が下ろせない。
空港のATMで何度試してもダメ。原因は今も分からない。手元に現地通貨ゼロのまま、家族4人がシンガポールに放り出された。
救いは、Grab(東南アジアの配車アプリ)を事前にインストールしておいたことだった。アプリ決済ならカードが生きている。とりあえずGrabを呼び、ホテルへ向かった。

どん底からの、サプライズケーキ
ボロボロの気分でホテルにチェックインすると、部屋にケーキが用意されていた。
実は妻の誕生月が6月で、予約時にホテルへ一言添えておいたのだ。宿はスイソテル・ザ・スタンフォード。マリーナベイを望むスイートで、ケーキと夜景に妻のテンションが一気に回復した。

ATM難民で株を下げた父、サプライズで即回復。旅は帳尻だ。
ホテル下のATMを、20回抜き差しした父
……とはいえ、現金がないと動きが取れない。
妻と子どもたちを部屋で休ませ、父は一人でホテルの下の商業施設に降りていった。ATMを片っ端から試す。**たぶん20回は抜き差しした。**全滅である。
最後の手段でWiseカードを出す。「こんなこともあるかと」と念のためバックアップで持ってきていた、海外送金・決済サービスのカードだ。日本の銀行からWiseへ緊急送金。これでようやく現金を確保できた。
教訓: 海外キャッシングの手段は2系統以上、しかも別サービスで持っていくこと。 完璧なはずの計画書に、「カードが使えなかった場合」のページはなかった。ただ、「Wiseカードを持って行く」という1行だけが、結果的にそのページの役割を果たしていた。
(このWiseカードには、この旅で結果的に一度だけ、しかし決定的な場面で救われることになる。詳細は番外編:今回の旅を成立させてくれた5つのツールへ)
マーライオンと、なぜかタコス
現金も確保できたので、夕方から外へ。まずはマーライオンを見に行く。

そこから川沿いへ移動して夕食。見つけたのはメキシコ料理の屋台。シンガポール初日の夜に、なぜかタコス。でも川の風を感じながら、夫婦はビール、子どもたちはコーラで乾杯した。この「計画にない一食」が、妙に記憶に残っている。
ホテルまで歩いて帰り、初日は終了。
DAY2: 雨予報との駆け引き。ユニバとナイトサファリを1日に詰め込む
この旅、天気予報は滞在中ずっと雨だった。
計画では「DAY2にユニバ、DAY3の夜にナイトサファリ」。だが予報を見ると、ナイトサファリ予定日の夜がピンポイントで雨。
夫婦会議の結果——「疲れるけど、今日1日で両方行こう」。
計画魔の本領は、計画を守ることではなく、現地で組み替えることにある(と自分に言い聞かせた)。
ガラス床のケーブルカーで、家族全員及び腰
ユニバのあるセントーサ島へは、あえてタクシーではなくシンガポール・ケーブルカーで渡った。
これが想像以上だった。ゴンドラの床がガラス張りで、遥か下の地上が丸見え。大人でも怖い。家族4人、全員及び腰で海を渡った。

開園と同時にスコール、そしてメリーゴーランドの奇跡
10時、開園と同時にユニバーサル・スタジオ・シンガポールへ入場。
その瞬間、スコール。
いきなりの土砂降りに、お土産屋さんへ避難。屋根付きのメリーゴーランドでやり過ごす。……と、メリーゴーランドを降りたら晴天。以降、夜のナイトサファリまで一滴も降らなかった。
「雨予報だから」と、ユニバとナイトサファリを1日に押し込んだ父。翌日以降のスケジュールを組み替え、夫婦会議までやった。その結果、空が実際に降らせた雨は——メリーゴーランド1回分。 天気予報アプリを開いた瞬間の私を、後ろから殴りたい。
4歳、ミニオンで泣く
アトラクションの反応は、兄妹で真っ二つだった。
- 7歳(兄): 最初から最後までテンションMAX
- 4歳(妹): ミニオンのライド(座席が揺れるだけのやつ)で号泣。他のアトラクションでも何度か半べそ。でも基本は楽しそう
隣で娘が泣き、その向こうで息子が雄叫びを上げている。兄妹旅あるあるの縮図だった。

昼はモノレールで終点のVivoCity(巨大モール)へ移動してランチ。その後、一旦タクシーでホテルに戻って小休憩を挟んだ。この「一回充電」が、夜まで戦うための生命線だと、親は知っている。
ナイトサファリ、父はソロで1時間並ぶ
16:45にホテルを出て、17:30ナイトサファリ着。
ここで想定外がひとつ。Go Cityパス(観光パス)で入る場合、現地のWi-Fiに繋いで、その場で時間予約が必要だった。これから行く人は覚えておいてほしい。
18時頃に入場すると、トラム乗り場は長蛇の列。並ぶこと約1時間——正確には、並んだのは私一人である。妻と子どもたちは、その間カフェで優雅にお茶をしていた。父とはそういう役割だ。
トラムは20〜30分かけて、暗闇の園内をゆっくり走る。象、虎、サイ、カバ、鹿のような動物、孔雀にフラミンゴ。暗がりの中で動物を探す子どもたちは、疲れも忘れて夢中だった。

帰る頃には、子どもたちは完全に電池切れ。タクシーで帰還し、濃すぎる一日が終わった。
DAY3: 空白の一日と、WhatsApp直談判
ユニバとナイトサファリを前倒しした結果、最終日が丸ごと空いた。
サファリ終わりのベッドで夫婦会議。「せっかくなら、もっとシンガポールらしいことをしたい」。見つけたのは、セメントでコースターを作るワークショップだった。
ところが予約サイトは満枠。ここで諦めないのが計画魔である。WhatsAppで店に直接メッセージを送った。 返事は「明日11時半においで」。海外の個人店、直談判は意外と通る。
朝活: ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ
ワークショップまでの朝時間ももったいない。8時起床、ホテルの朝食を済ませ、9時にはガーデンズ・バイ・ザ・ベイへ。
スーパーツリーの下で写真を撮り、ドームの中へ。巨大な滝、そして真夏のシンガポールとは思えない涼しさ。園内の恐竜の展示で、4歳がこの旅2度目の号泣(1敗目はミニオン)。お土産にマグネットを買って、「時間だ時間だ!」とタクシーに飛び乗った。

貸し切りワークショップと、タピオカ5個
コースター屋に着くと、いたのは30前後のシンガポール人の女性スタッフが一人だけ。他に客はなく、まさかの家族貸し切り。
4人でコースターを作り、型を固める待ち時間が30分。その間に目の前のタピオカ屋へ行き、スタッフさんの分も入れて5個買って戻った。タピオカ片手に、近くの寺院で有名な通り(チャイナタウン界隈)をぶらり散策。戻って完成品を受け取った。
世界に4つだけの、不揃いなコースター。たぶんこの旅で一番いいお土産だ。

昼は近くのホーカーズ(屋台街)で、まだ食べていなかったチキンライス。
トイレ駆け込みからの、4人お揃いユニクロ
ホテルまでは「ぎりぎり歩ける距離」。ベビーカーを押して歩いて帰る途中、息子の「トイレ!」で近くのショッピングセンターに駆け込んだ。
(ちなみに、このベビーカーが活躍するのはシンガポールまで。以降の3カ国では、ホテルの部屋でお留守番になる。それはまた別の話。)
そこで出会ってしまった。ユニクロのシンガポール限定ミッキーデザイン。
かわいすぎて、気づけば家族4人分購入。トイレ休憩が一番高くついた瞬間である。
プールサイドの父、ついに東南アジアバカンス気分を満喫する
午後は暑さに耐えかね、ホテルのプールへ(水着は計画書どおり持参済み)。

子どもたちはプールではしゃぎ、大人はプールサイドのベンチに寝転がってカクテルとポテトを注文。ATM難民から始まった旅の、3日目にしてようやくの東南アジアバカンス気分を満喫である。
夕暮れのマリーナベイと、行列のバクテー
夕方、まだ行っていなかったマリーナベイ・サンズへ。……のだが、Go Cityパスで展望デッキに上がれる時間帯を過ぎていたらしい。込み入った確認をする気力もなく、あっさり撤退。代わりに建物を端から端まで歩いて散策した。全部は取れないのが旅だ。
展望デッキは逃したが、Go Cityパスは十分に元を取ったと思っている。ユニバ、ケーブルカー、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、コースターのワークショップ、ナイトサファリ——シンガポールの主要スポットをこれ1枚で回れた。展望デッキは、次回への宿題ということで。
(Go Cityパスの使い勝手、実際どのくらい元を取れたかは番外編:今回の旅を成立させてくれた5つのツールで詳しく)
夕食は、妻が探してくれたバクテー(肉骨茶)の名店・松發肉骨茶へ。ビブグルマン選出の人気店で、案の定の行列。「せっかくだから」と並んで食べた一杯は——本当にうまかった。 この旅のベスト飯候補である。

店からホテルまでは徒歩15分。帰り道にホテル下のCS Freshでシンガポール土産を大量に買い込み、翌朝のマレーシア移動に備えて全部パッキングして眠った。
シンガポール3日間、終了。スーツケースに置き去りにされ、ATMに拒まれ、スコールに降られ、4歳は2回泣いたが、振り返ればすべて順調だった。
このときはまだ、旅の最後に「計画書にないページ」が待っていることを、私は知らない。

