香港・マカオ旅行も、いよいよ最終盤。世界のあちこちから集まった12人の旅は、ここから逆再生のように、一人、また一人と去っていくフェーズに入る。そして最後には、この旅で一番の美食との出会いと、思いもよらぬ「大事件」が待っていた。順を追って書いていこう。
一人、また一人と去っていく
賑やかだった一族の旅も、終わりが近づけば、別れが始まる。それぞれの帰りのフライトの日程はバラバラで、家族は数日かけて順番に香港を発っていくことになっていた。
まず見送ったのは、一組の家族。セントラル駅までタクシーで向かい、空港エクスプレスに乗り込むところまで一緒に行って、送り出した。
こういう別れは、しんみりするものかと思っていた。だが、実際はあっさりしたものだった。「またね」「元気で」——それくらいの、さらりとした別れ。世界のどこかにいても、また集まればいい。そういう気楽さが、この一族にはある。
むしろ印象的だったのは、両親を送り出した一人のいとこの反応だ。しんみりするどころか、「やった、自由だ!」とばかりに、テンションが爆上がりしていたのである。親元を離れた解放感、というやつだろう。別れの切なさを微塵も感じさせないその姿に、思わず笑ってしまった。これはこれで、いい見送りだった。
香港トラムと、二階建て路面電車のスリル
見送りを終え、残ったメンバーはいくつかのグループに分かれて、思い思いに最後の香港を楽しむことにした。買い物に繰り出す組、ホテルでのんびり休む組。そして我が家は、両親を連れて、ずっと乗ってみたかったものに挑戦することにした。
**香港名物、二階建ての路面電車「トラム(叮叮車)」**である。
香港島を東西に走るこのトラム、なんといっても運賃が安い。一乗車あたり、わずか1〜1.5香港ドルほど(数十円)。オクトパスカードでタッチすれば、あとは行きたいところまで、のんびり揺られるだけだ。二階の席から眺める香港の街並みは、地下鉄やタクシーとはまったく違う、生活に近い目線の風景で、これがなかなか味わい深い。
ただし、乗り心地は、なかなかにスリリングだった。車体は細く、カーブでは横に倒れるのではとヒヤヒヤする。そして何より驚いたのが、前を走るトラムとの車間距離である。停車するとき、前の車両とのわずか10センチほどの間隔でピタリと止まるのだ。「ぶつかる!」と何度も身構えた。おまけに線路の状態もあまり良くないのか、走行中はガタンガタンとよく揺れる。安さとスリルがセットになった、実に香港らしい乗り物だった。

念願のビクトリアピーク、夜景に唸る
そして、この旅最後の夜。我々は、ずっと行きそびれていた場所へ向かった。
**ビクトリアピーク(太平山頂)**である。
香港観光の代名詞ともいえるこの展望スポット、実は旅の序盤で行く予定だったのだが、あれこれの都合でずっと後回しになっていた。それが、最終日の夜にしてようやく実現したのだ。この夜、ピークへ向かったのは、我が家4人と両親、そしてもう一組の家族。
ピークへは、名物の「ピークトラム」で登る。このピークトラムのチケット、我々は**Klook(クルック)**で購入した。現地の窓口でそのまま買うより、Klookで事前購入した方が割引が効くのだ。とはいえ「事前」といっても大袈裟なものではなく、ピークトラムの駅まで行ってから、その場でスマホでKlookで購入。すぐにQRコードが発行されるので、それを見せればすぐに乗れる。窓口に並んで定価で買うより、少し手を動かすだけで割安になるのだから、使わない手はない。
そして、このピークトラムがまた、想像を超える急勾配だった。体感では、ほとんど崖を登っているような、真上に引き上げられていくような感覚。座席にしがみつくようにして、ぐんぐん高度を上げていく。
そして、登りきった先で待っていた夜景は——言葉を失うほど、美しかった。
正直に告白すると、私はこれまで、上海やソウルをはじめ、世界のいろんな街の夜景を見てきた。どれも素晴らしかった。だが、この香港の夜景は、その中でも頭一つ、いや二つは抜けていた。眼下に広がる、無数の高層ビルの光。ヴィクトリアハーバーの水面に映り込む、きらめき。スケールも、密度も、輝きも、そのすべてが桁違いだった。初日にモンコックで「香港って思ったより綺麗じゃないね」とこぼしていた一族も、この夜景の前では、ただただ見入るばかりだった。

夜景を堪能し、下りのピークトラムに乗ろうとしたところ、今度は長蛇の列である。ここで、私はある作戦に出た。自分だけ先に列に並んでおき、他のみんなにはコーヒーを買ったり、お土産を見たりして、自由に過ごしてもらう。そして、みんながちょうど戻ってきたタイミングで、私が並んでいた列がちょうど順番を迎える——という寸法だ。この読みが見事にハマり、誰も長時間並ぶことなく、スムーズに下山することができた。最後の最後で、計画魔の面目躍如、である。
香港で一番美味かったのは、まさかの韓国料理
ビクトリアピークへ向かう前、この日の夕食のことも書いておかねばならない。
この旅、食事はずっと中華や香港料理が続いていた。小籠包に飲茶に、フードコート飯。どれも悪くはなかったが、序盤の小籠包が「見た目は綺麗だが味は普通」だったこともあり、正直、食に関しては期待ほどの感動がないまま来ていた。
そんな中、この夜に選んだのは——韓国料理だった。
香港まで来て韓国料理か、と思われるかもしれない。だが、我が一族はみんな、韓国料理が大好きなのだ。連日の中華にそろそろ変化が欲しかったこともあり、ハーバービューホテルから近い、ネットで評判の良かった韓国料理店を選んで向かった。
結論から言おう。これが、大当たりだった。
この旅で食べたすべての食事の中で、文句なしに一番美味しかった。香港の名店の小籠包でも、飲茶でもなく、まさかの韓国料理が優勝である。あれだけ「香港=美食」と期待して来たのに、一番の思い出の味が韓国料理になるとは、旅とは本当に分からないものだ。香港で崩れた小籠包神話は、最終日、韓国料理によって完全に上書きされたのだった。

そして、家族4人に戻る
翌日、旅は本当に最後の日を迎えた。
朝、両親をセントラル駅まで送り、空港エクスプレスに乗せて見送る。これで、大所帯の賑わいも、いよいよ静かになっていく。残ったのは、我が家4人と、日本まで一緒に帰るもう一組の家族だけ。
最後の香港を、のんびりと過ごした。トラムでコーズウェイベイ方面へ出て、紅茶で有名な「九龍餐室」で昼食をとり、そのあたりをぶらぶらと散策する。ゲームセンターを覗いたりしながら、思い思いに時間を潰した。夕方には空港へ移動し、一度スーツケースを預けて、空港近くの巨大なアウトレットモールへ。特に何を買うでもなく、ただ、この旅の残り時間を惜しむように過ごした。

そして、空港へ戻る。最後に、全員分のオクトパスカードを回収し、デポジットを返却してもらった。旅の始まりに、あれだけ苦労して手に入れた12枚のオクトパスカード。それを一枚ずつ返却していく作業は、なんだか、この旅を一つずつ畳んでいくような感覚だった。チェックインを済ませ、保安検査を抜け、免税店エリアをぶらぶらと歩く。深夜の便で、我々は香港を後にした。
——12人の旅を振り返って、正直な感想を書いておきたい。
大所帯の旅は、はっきり言って、大変だった。人数が多ければ多いほど、それぞれの個性が出る。我慢が出るタイミング、疲れが出るタイミングは、人によってバラバラだ。見たいものも、食べたいものも、休みたいペースも、みんな違う。その全員のペースをすり合わせていくのは、想像以上に骨の折れる作業だった。集合一つとっても、あれだけ手こずったのだから。
だが、それでも。
この旅の発端は、父の退職祝いだった。そして、その父が、旅の間ずっと、機嫌を損ねることもなく、心から楽しんでくれていた。それを見られただけで、この旅を計画し、実行した甲斐は、十分にあったと思う。大変だったが、やってよかった。そしてまた、いつか、この賑やかな面々で、どこかへ出かけたい。心からそう思える旅だった。
最後に待っていた、ヒヤヒヤの大事件
……と、綺麗に締めたいところなのだが、実はこの旅、最後の最後に、大きなトラブルが待っていた。子連れ旅行の、油断ならなさを思い知る出来事である。番外編的に、書き残しておきたい。
帰りの香港の空港で、下の娘の目の様子が、明らかにおかしくなった。
大量の目やにが出て、目の周りが炎症を起こしている。おそらく、旅の間、あちこちの(お世辞にも清潔とは言えない)場所を触った手で、目をこすってしまったのだろう。症状はどんどんひどくなり、眠ると目やにで瞼がくっついて開かなくなり、そのたびに泣いてしまう。最終日、深夜の機内は、娘にとっても我々にとっても、なかなかに過酷な時間となった。
そして、日本に到着したのは、12月31日、大晦日の早朝。羽田着が朝5〜6時頃。だが、この時間、そして年末というタイミングで、開いている病院がほとんどない。地元まで戻ったところで、どこも年末休みだ。
焦った。子供の目のトラブルである。放っておくわけにはいかない。
幸い、羽田にほど近い大田区で、朝から診てくれる病院を見つけることができた。病院が開くのを待つ間、上の子は車の中でぐっすり眠り、下の娘は寝たり起きたりを繰り返す。開院と同時に飛び込み、診てもらうと、目薬と抗生物質を処方された。その場で目薬をさしてもらうと、娘はようやく落ち着き、帰りの車ではぐっすりと眠ってくれた。
家に帰ってからも、こまめに目薬をさし、清潔にケアを続けた。その甲斐あって、正月2日目頃には、目はほぼ完治。大事に至らず、心から安堵した。
だが、あの時の冷や冷やは、今でも忘れられない。子連れの旅は、家に着くまで、いや、着いてからも、何が起きるか分からない。特に、病院が開いていない年末年始の帰国は、万一の備えが本当に大切だと痛感した出来事だった。
——こうして、我が一族の香港・マカオ旅行は、笑いあり、迷子あり、カジノあり、そして最後は目薬ありの、実に濃密な幕切れを迎えたのだった。
賑やかで、大変で、でも最高の旅だった。読んでくださった皆さん、長らくお付き合いいただき、ありがとうございました。

